こんにちは!トウダイモトクラ荘住人のさいとうです。

突然ですが皆さま、「淡路島なるとオレンジ」をご存じでしょうか。近年淡路島でじわじわと人気が広がりつつある果物なんです。数年前、洲本の老舗和菓子店が、このオレンジの皮を使用したお菓子で 全国菓子博覧会の最優秀賞を受賞したことで、ちょっとしたニュースにもなりました。

ここ最近では 島内のカフェやレストランでも、この果実を使ったジュースやデザートを見かけることも多く、ずいぶんと私たちの生活の中に浸透してきた感があります。

そんな「淡路島なるとオレンジ」の果樹園を、若いご夫婦が継いでいらっしゃるという噂をキャッチ。しかも彼らはデザイナー・建築家という、農家さんとしては異色の経歴の持ち主なんだとか。ご夫婦を惹きつける「淡路島なるとオレンジ」の魅力とは、いったい何なのでしょうか。早速お話を伺っていきたいと思います!

取材に訪れたのは3月の初め。こぼれるように咲き誇る三本の木蓮の大樹が目印だ。

天に向かって咲く木蓮の大樹。

この木蓮の傍らにある、日本昔話に出てきそうな長屋が、今回お話を伺う森さんご夫婦のご自宅兼事務所である。

森知宏(ちひろ)さん・晶子(あきこ)さんご夫婦。

知宏さんはデザイン・晶子さんは建築の分野で現在もご活躍中。

■淡路島なるとオレンジとは

さいとう

早速で恐縮なんですが、淡路島なるとオレンジというのはどんな果実なんでしょうか。

知宏さん

ほとんどが淡路島内でのみ栽培されてきた、柑橘類の一種です。品種改良が進んでおらず、原種に近い強い香りと風味の良さを持ちます。特徴のひとつは、加熱しても風味が残りやすいこと。それを生かして製菓や料理など、調理の現場で重宝されています。

前半の取材は事務所兼パーラーで。
食べてみると独特のほろ苦さと華やかな酸味が広がる。知宏さんによると、この酸味も原種に近い果物の特徴なんだとか。「生で食べてすぐに分かる美味しさ、というものでないからこそ、伝え方や販売方法を考えるのが楽しい」と語る知宏さん。

■森果樹園の歴史と森さん夫婦の歩み

森知宏さんは森果樹園の16代目に当たる。足利家や徳川家が政権を握っていた期間より長く、農業を生業とされてきたわけだ。とはいえ、知宏さんのお父様は農業を継がなかったので、祖父である茂治さんからこの果樹園を受け継いだという。

知宏さん

結婚する前に果樹園を訪れる機会があったんです。妻と一緒に見て、「みかんがいっぱいあって、素敵やなあ」と。それで、継ぐことにしました。

さいとう

今まで知宏さんはデザインの、晶子さんは建築の分野でご活躍されてたわけですよね。特に晶子さんは、お相手の方の家業を継ぐにあたって不安や葛藤はなかったですか?

知宏さん

家業継ぎたいって言ったの、妻ですからね。

さいとう

えっ?

晶子さん

建物が気に入って。

落ち着いた門構えの長屋。
さいとう

この長屋の?

晶子さん

そうそう。立地も大通りからのアプローチが遠いじゃないですか。それと、五色が好きで図書館の近くに住みたいっていうのがあって。全部叶うやん、サイコー!って思って(笑)

さいとう

か、かっこいい!!

森さんご夫婦が移り住むにあたり、時間をかけて長屋をリノベーションし、住居部分も建て替えを行ったという。長屋のリノベーション図面も、住居・パーラー・加工場の設計も、奥様が手掛けたのだとか。
知宏さん

それに、最初は今までの仕事を続けながら、週末に果樹園のお世話をしようかなって、それくらいの気持ちだったんです。でも、農業は想像以上に大変だった。今は農業9割、デザイン・その他の仕事1割っていう感じですね。

知宏さん

では、実際に作業の様子を見てもらいながらお話ししましょうか。

■淡路島なるとオレンジの魅力とは

知宏さんの案内に従ってあぜ道を車に揺られること3分あまり。堂々とした淡路島なるとオレンジの大樹が姿を現した。

知宏さん

実際の話、なるとオレンジじゃなければ継いでなかったと思います。これがもし野菜農家やったら、継いでなかったな。

晶子さん

やらんかったな。毎日が忙しすぎて。

知宏さん

家庭菜園で野菜をつくったことがあるんですが、種をまいてから1〜2ヶ月で収穫ですよ。サイクルが短すぎて、「まじで?」って思う。なるとオレンジは実が成るまでに10~15年かかるし、寿命は100年や200年とも言われています。僕ら人間の寿命よりも長いから、すべてを見届けることができない。

晶子さん

そういうロングスパンなところが私らの生活に合ってた建築も、図面を引いたり、工事に年単位かかることがあるから、待つのは得意やんな。

自然に落ちたなるとオレンジの実。果実が樹から落下しやすいのも特徴の一つだ。
知宏さん

で、栽培方法とかも、実は確立がされてない。その辺もやりがいがあるかな、と思って。確立されてると、ぼくらは圧倒的に不利なんですよね。

さいとう

それはどうしてですか?

知宏さん

ぼくみたいな完全素人の人間が、栽培方法の確立された作物に手を出しても、プロの農家さんには敵わないと思ったからです。

さいとう

た、確かに…!じゃあ今も、淡路島なるとオレンジの栽培に関してはいろいろ研究を重ねている途中ということでしょうか?

知宏さん

そうです。もう、めちゃくちゃ頑張ってます。さっきも言ったとおり、淡路島なるとオレンジは成長が非常にゆっくりなんです。だから、いつかぼくらの試行錯誤が追いつく日が来るかもしれない。

普段は別々に作業をされることがほとんどで、ご夫婦で同じ場所で仕事を行うことは、実はめったにないとのこと。
さいとう

淡路島なるとオレンジの魅力、本当にたくさんありますね。成長がゆっくりっていうのもあるし、ご自身のライフプランに合ってたっていうのもあるし、競合が少ないから、参入しやすいっていうのもあったと思うんです。

さいとう

でも、自分の人生を費やしてもいい、と、そこまでの強い気持ちを感じたのは、淡路島なるとオレンジのどういう部分にだったのでしょうか。

知宏さん

う~ん、難しい質問ですね。すぐにそう思えたわけではなくて、携わる中で徐々に、という感じだったもんな。徐々にやけど…人生を費やしてもいい…か。

\ちょっと考える時間くださいね/

作業へ戻る知宏さん。
黙々と剪定と収穫作業を行う知宏さん。

\\あ~、分かった!//

知宏さん

すごい良さげなのに、何がいいのかよくわからないところですね。

晶子さん

おー、ふかい!

知宏さん

しっくりくるやろ?なるとオレンジって、なんかすごく良さげやん。良さげやけど、何がいい?って聞かれたとき、一言で答えられへん。そういうところ。

知宏さん

なるとオレンジの良さって、本当に色々ありますよ。さっき説明したように、香りがいい・長年付き合える・伝え方や販売方法を考えるのが楽しい…ほかにもたくさん。でも、一言で説明できるような、簡単な魅力ではない。

晶子さん

解決せんほうがおもしろいよね。

知宏さん

うん。その魅力が万人共通の、分かりやすい甘さや美味しさなら、たぶん栽培に興味を持たなかったな。なるとオレンジって、「何が魅力なんやろう?」と考えても、すぐに答えが出ないんです。でもそれは、「魅力がない」という意味ではない。常に僕たちに「この果実の魅力とは何か」を考えさせてくれる、探求心を刺激し続けてくれる。そこが一番の魅力かな。

淡路島なるとオレンジの魅力は、その奥深さにあり。そして、一言では言い表せないその奥深さに面白さを感じ、私たちの寿命よりも長く生きるものと、共に歩む道を選んだ森さんご夫婦。その生き方・考え方には、自然と人間の付き合い方について、改めて捉えなおすヒントが隠されているような気がしました。